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金龍の舞
浅草寺にて 浅草2-3-1
3月18日と10月18日の年2回行われていて2月の「福聚の舞」、11月の「白鷺の舞」と並んで浅草三大舞とされています。
昭和33年の観音本堂完成記念に創始したのがはじまりだそうです。
金龍の舞 金龍の舞 金龍の舞

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示現会
浅草寺にて 浅草2-3-1
「示現」とは、神仏がこの世の人々を救うために種々の姿で現れることをいいます。
浅草寺に伝存する『浅草寺縁起』によれば、推古天皇36年(西暦628年)3月18日早朝、江戸浦(現在の隅田川の下流辺りのこと)で投網を引いていた漁師・檜前浜成(ひのくまのはまなり)、竹成(たけなり)の兄弟が、漁撈の網に一体の仏像を発見します。これを土師中知(はじのなかとも)が拝した際に、聖観世音菩薩(しょうかんぜおんぼさつ)の尊像であると見極め、自ら屋敷を寺に改めて出家。これが浅草寺の草創となりました。
この日のご祈祷では、特別に紅い掛紙を巻いた紅札(べにふだ)が授与されます。

ご本尊を讚えて境内で奉演される「金龍の舞」も、前述の『浅草寺縁起』に因むもの。浅草寺の山号でもあるこの舞は、観音さまのご示現を祝して金龍が天より降りて舞ったところ、一夜にして千本の松林ができたとあることから、昭和33年に本堂再建を記念して創作されたものです。松林に見立てた松児童を先頭に、観音さまを象徴する蓮華珠、これを守護する金龍が続いて練り歩き、お囃子も同行して賑やかに行われます。
ちなみに、ご本尊・聖観世音菩薩像の感得、奉安にかかわった3人が祀られているのが三社権現神社(現在の浅草神社)です。明治の神仏分離以降は5月の行事に変更されてしまった三社祭も、それ以前は3月18日を中心とした祭りであったのも、こうした由来があったためです。

神輿


堂上げ・堂下げ
浅草寺にて 浅草2-3-1
ご本尊・聖観世音菩薩像の感得、奉安にかかわった3人が祀られていることより1日目に夜儀として浅草寺の氏子さんにより「堂上げ」が行われ、本堂外陣に一夜お篭もりされた宮神輿三基は、2日目に「堂下げ」され浅草神社へお戻りになります。

【1日目】
浅草神社 神宮神霊入れの儀斎行
神社発進本堂に移御
本社神輿三基 浅草寺本堂前に到着 本堂御扉開扉
「堂上げ」開始
浅草寺一山式衆読経後、手締めにて解散

【2日目】
浅草寺一山式衆読経、浅草神社神宮祝詞奏上
「堂下げ」開始
堂下げ終了後本社神輿三基を本堂正面に並べ、
一礼の後本堂西側を廻り浅草神社鳥居前に安置
本社神輿三基を宝蔵門前へ移御
本社神輿三基 浅草神社へ還御し神霊返しの儀斎行


【堂上げ】
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夜、堂上げ開始
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神主さんとお坊さんのショットは珍しいですね。
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鳶の方々も…
【堂下げ】
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太鼓の合図で神輿が一之宮から降ろされる。
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ぐるりと回り浅草神社へ。
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浅草神社前で三基並ぶ。

また、観音さまに日頃のご加護に対する感謝をささげる「百味供養(ひゃくみくよう)」も、この日に行われます。午前11時40分頃、伝法院門前から百味供養に参加するご信者の練り行列が、浅草寺僧侶の列に続いて本堂に向かいます。これは参加申込みをしたご信者に観音さまにお供えする百種の供物に相当するお菓子を持っていただき、ご宝前(ほうぜん)(ご本尊前)に献じるというもの。正午を期して百味供養の法要が始まり、法会後にはご祈祷札とともに下供(げく)(お下がりのお菓子)が授与されます。

●「百味供養」参加について 浅草寺では毎年3月18日と11月18日に「百味供養」(定員100名)を修しており、その練行列の参加希望者を受付けています。参加者には、特別に作られた記念の輪袈裟・お札・お供物などが授与されます。ご志納金は1万円。お問合わせ・受付は本堂まで。

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